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大阪地方裁判所 昭和24年(ヨ)99号 決定 1949年3月26日

主文

本件処分の申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

申請代理人は、被申請人は申請人組合員に対して、本案判決確定の日まで、別表記載の時間を超えて労働させてはならない、との仮処分命令を求め、その申請の理由として、申請人は(イ)吏員(主事、書記、技師、技手)(ロ)雇員(事務員、技術員)(ハ)傭員(臨時傭)(ニ)使丁により構成せられる労働組合法上の労働組合であるが、右組合員の就業時間は、昭和十一年三月十二日大阪市告示第百三号(昭和十五年八月同告示第四百五十二号により改正)により定められた執務時間規程により間接的に別表の通り定められ、戦争中一時事実上その実施が中止せられていたが昭和二十一年二月二十八日附人事部長通達によつて戦前の例に復することとなつたところ、被申請人は、昭和二十四年一月十四日その労務局長山本直純の市長依命通牒「勤務時間について」により、同月十五日から実労働一週四十八時間勤務制((一)所定勤務日の勤務時間は一年を通じ午前八時三十分から午後五時十五分まで、休憩時間は正午から午後零時四十五分までの四十五分間(ニ)事務事業の性質上右により難いときは週四十八時間制を基準として当局合議の上一月十五日から実施する様勤務時間を決定する)を実施する旨を申請人組合員に指令し、同日大阪市告示第五号を以て、右の内執務時間に関する事項を告示した。しかしながら、従來官公吏の身分はすべて特別権力関係に属するとの見解の下に公吏の就業時間等も当然行政行爲によつて定められるものとし、労働條件である勤務時間と、対外規程である執務時間とは混同されて、大阪市においても告示一本で定められて來たのであるが、新憲法施行後は、右の内勤務時間に関する事項は当然私法の領域に移行し、大阪市公吏の労働契約の内容として引続き存在し、申請人と被申請人との間に昭和二十一年十月二十五日締結された労働協約においては、右労働契約條項である従前の四十五時間勤務制をそのまま協約の内容として採用し、同協約第七條において、「市は左に掲げる事項については組合と協議して決定する」とし、その第四号に「職員の労働時間、公休及び休暇の変更に関すること」と定めた。ところが被申請人の前記の通牒は、申請人との協議決定の手続を経ずに爲されたものであつて、右労働協約に違反し、さらに勤務時間につきこれと同一の内容を有する労働契約にも違反する。即ち申請人組合員は従來の労働契約により定められた以上の就業義務を有しないのであるから、申請人は被申請人に対し、四十五時間を超える就業義務が存在しないことの確認、被申請人はかような義務を要求してはならないこと及びその要求によつてすでに行われた労働に対する損害賠償の訴を提起しようとするものであるが。被申請人の通牒による四十八時間勤務制は、対外的にも告示された以上、自力救済によつてこれを免れることは許されないから申請人組合員は、引続きその意思に反して、本來の義務の範囲を超える労働を爲さねばならぬ状況に在り、このいわば強制労働によつて、憲法第二十五條第一項により保障される健康で文化的な最低限度の生活を営むことができず、その労働権乃至人格権を侵害されて、本案判決確定までの間に回復し難い損害を蒙むる虞があるので、急速に右権利の妨害排除を求めるために本申請に及ぶものであると述べ、

被申請人の訴訟上の抗弁に対し、申請人は本件通牒を行政行爲とし、その無効確認又は取消変更を求めようとするものではない。右通〓は実質的には私法関係における労働條件の変更に関する意思表示であつて行政行爲ではない。けだし、近代国家においては、労働関係に関し労働権を認め、労働條件は労働関係の両当事者である使用者と労働者との合意によつて決定せらるべきものとし、その合意は両当事者の対等の立場における交渉に基いて成立すべきものであるから、両者の実質的対等を保障するために労働者の団結権、団体交渉権を認め、団体協約に法的効果を与えているのであつて、右の原則は官公吏にも妥当する。又従來一般に考えられて來た公法、私法の区別を仮に是認するとしても、所謂公法関係とは、一方的命令服従の権力関係を指称し、前記の如き、当事者の合意により、当事者対等の立場で決定される労働関係(労働條件決定の法律関係)は公法関係の範疇に含まれないことは疑のないところであつて、官公吏の労働條件の決定の法律関係もこれを公務の執行者という職務上の服務命令に対する服従の関係の面より区別して考えるときは、その公法関係に属しないことは極めて明白である(官公吏に特有の公共性の点より、労働法の全面的な適用は許されないといつても、それは前記の原則に対する例外の問題に過ぎない。)従つて申請人組合員と被申請人との間の労働関係も公法関係に非ずして完全に労働法の領域でありかかる領域において爲された被申請人の行爲は依命通牒という行政行爲的な表現を用いたとしてもそれは私法上の行爲に外ならない。それ故行政事件訴訟特例法は適用の余地がない。なお、行政権の作用は、一応適法の推定を受け、その違法が確定するまではこれを尊重すべきであり、裁判所は直ちに仮処分として右行政行爲の執行を停止し得ないという見解に対しても、本件の通牒は下記の通り外観上も明白な違法があり、当然に無効であるから、裁判所はかかる拘束を受けることがない。即ち公吏の勤務時間は、その合意による場合の外、官吏のそれが法律によつて定められた以上、同様法律に依るを要するものと解すべきところ、地方自治法中には同法第百十二條第四項の規定が指称するような普通地方公共団体職員の服務事項に属する就業時間の決定、変更の手続に関する規定がなく、又普通地方公共団体の職員に関して規定すべき法律は未だ制定されていないから、市職員の勤務時間(就業時間)については之を決定するについて何等の法令の根拠が存しない。被申請人の主張する地方自治法第百五十四條は、公務員の公法的な性格面に関連する地方公共団体の職務に関して、その長に指揮監督の権を認めたものに外ならないのであつて、就業時間等労働條件に関する事項にまで、右の権限を認めたものとはいわれない。それ故被申請人の本件通帳は行政行爲としても、無権限行爲で無効なものといわねばならない。又勤務時間の決定、変更は、労働條件であるから、労働基準法第二條に従つて、申請人と被申請人とが対等の立場で決定すべきものであるに拘わらず、右通牒は、被申請人の一執行機関に過ぎない市長が、一方的に擅にこれを行つたものであるから、右法條にも違反し、行政行爲としても当然無効である。

次に労働協約不存在の抗弁に対し、(イ)被申請人主張の昭和二十三年政令第二百一号はその委任の根拠を欠くが故に無効である。即ち同政令は、昭和二十年勅令第五百四十二号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基いて制定されたものであるが、右勅令は、昭和二十二年法律第七十二号日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力に関する法律第一條に所謂日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で法律を以て規定すべき事項を規定するものに該当し、同條によつて昭和二十二年十二月三十一日までは法律と同一の効力を有するも右日時以後失効したものであるからである。仮に右政令第二百一号が有効であるとしても、本件労働協約は同政令第一條第二項に所謂従前とられた措置に該当しその内容の中右政令の定める制限の趣旨に矛盾し又は違反するもののみが失効するに止まり、協約全部が一律に効力を失うものではなく、しかも、本件就業時間に関する條項は純然たる私法関係に属し、且つ公務員に同盟罷業又は怠業的行爲を爲し、その他地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議手段をとることを内容とするものでないから、右政令の制限の趣旨に抵触するものではなく、又元來右政令制定の根拠となつた昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合國最高司令官書簡の精神である争議行爲等の禁止は、あくまで公務の運営事項に限られるもので、就業時間等使用者労務省の内部関係に過ぎない事項に関係するものではないから本件就業時間に関する労働協約條項は依然として効力を持続するものである。(ロ)又右協約の存続期間も未だ満了しない。同協約第十二條は、一年毎に自動的に期間を更新する趣旨であるから、右協約は現在まで引続き効力を保有している。かりに労働協約が失効したとしても、就業時間は一の労働契約事項であるから、その変更については当事者対当の立場で決定すべきであり、被申請人が一方的に決定することはできない。また就業時間の変更は就業規則の変更にあたるとしても、被申請人はまだこれを行政官庁に届出ていないからその効力なきものであつて、労働契約の内容がこれによつて変更されていない。と述べ、疏明として、甲第一、二号証、第三号証の一、二を提出した。

被申請人は、主文第一項同旨の裁判を求め、訴訟上の抗弁として、申請人は被申請人の市長の爲した勤務時間の決定に対して仮処分を求めようとするものであるが、右の決定は下記の理由によつて行政処分の性質を有するものに外ならないから、行政事件訴訟特例法第十條第七項の規定により仮処分の許されない場合に該当し、本申請はこの点において却下を免れない。即ち、申請人組合員はすべて公務員であつて、その内有給職員と市長との関係は、本來特別の権力関係であり、雇傭員についても、現在それが一般の職員と同じく市長に対して命令服従の関係即ち特別の権力関係に立つものであることは、昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合國最高司令官書簡中に「その勤労を公務にささげる者と、私的企業に従う者との間には、顕著な区別が存在する。前者は國民主権に基礎を持つ政府によつて使用される手段そののものであつて、その雇傭せられる事実によつて與えられた公共の信託に対し、無條件に忠誠の義務を負う」と述べられ、又右書簡に基く同年七月三十一日政令第二百一号が任命によると雇傭によるとを問わず公務員を全く同一に取扱い、又改正された國家公務員法において、單純な労務に雇傭される者までも一般職に入れ、國家公務員は任命によると雇傭によるを問わず、その職務を遂行するについて法令に従い且つ上司の職務上の命令に忠実に従わねばならない旨を、同法第九十八條において明らかに定めている外、地方自治法第百五十四條同法施行規程第三十八條の規定等に徴しても明白であつて、前記勤務時間の決定は、(イ)被申請人の市長が地方自治法第百五十四條の規定によつて、市の補助職員に対する一般的指揮監督権の作用として発した職務命令たる行政処分であつて、右の職務命令は申請人主張の如き直接に事務の執行に関する事項のみに限らず、職務上の義務を充たすために必要な限度においては、居住の場所、勤務時間の決定、制服の着用等勤務條件に関する事項にも及ぶものであり、それは又特定の個人に対して発せられるばかりでなく、一定の地位にある不特定多数の者に対して発せられる一般命令であることがあり、この場合においては命令が発せられた当時の職員ばかりでなく、後日職員となつた者に対しても等しく効力を有するものであり、本件の命令はこの種のものに外ならない。(ロ)仮にそうでないとしても、地方自治法第百四十八條の規定によつて、市長は市の機関として包括的事務執行権乃至行政組織権を有し、それは特に市会の権限に属せしめられていない固有事務を処理する権限であつて、市職員の勤務時間の決定は、その定数を定め部課を設置する行爲等と同じく、右の固有事務に属する事柄であるから、前記の市長権限の作用として爲されたもので、その点において行政処分に外ならない。なお職員の勤務時間の決定が行政処分であることは、改正國家公務員法第八十六條に所謂行政上の措置が行われることを要求し得るあらゆる勤務條件の中には当然勤務時間も含まれるものと考うべきであるから、勤務時間に関する措置は即ち行政上のものでなければならない点よりも明白であり又本件勤務時間の決定が、その発表形式として、従來官公署が職務命令その他の行政処分の発表に際して用いることを慣行としている達(訓令)又は通牒の形式を用いた点に鑑みても明らかである。申請人は、本件通牒を行政行爲として主張するものではないから、私法関係における請求であるというが、申請人が労働協約乃至労働契約に違反するとして主張する本件勤務時間の決定は少くとも依命通牒という形式により一般に表示されたる事実によつて、始めて市長の行爲として観念されるものであつて、両者は全く一つの事柄であるから、申請人が勤務時間の決定を殊更依命通牒と切離してその違法を主張しようとしてもそれは必然的に行政処分たる依命通牒の効力を争うことに帰着し本件仮処分申請は右行政処分の無効を前提とするものとして、行政事件訴訟特例法第十條第七項の適用を免れないと述べ、請求ならびに保全の必要に関し申請人主張事実中被申請人が昭和二十四年一月十四日被申請人の労務局長名を以て、一週四十八時間制実施に伴う申請人主張の如き勤務時間の変更に関する市長の依命通牒を発し、又大阪市告示第五号を以て、執務時間の変更を告示したこと、昭和二十一年十月二十五日申請人、被申請人間に労働協約が締結せられたこと及び申請人組合の構成員が吏員、雇員、傭員(使丁をふくむ)であることはいずれも認める。しかし右労働協約は次の事由によつて右市長の勤務時間変更決定通牒の時までにすでに失効している。即ち(イ)昭和二十三年政令第二百一号は、その第一項において、国又は地方公共団体の職員(同令にいわゆる公務員)の団体交渉権を認めない旨を規定しているため、右政令の施行された同年七月三十一日を以て、右労働協約は当然その効力を失い、ただ同令第一條第二項の規定によつて、給與、服務等公務員の身分に関して爲された従前の具体的措置(労働協約以外のもの)の内右政令の制限の趣旨に矛盾又は違反しないもののみが実質的に効力のあるものとして、その利益が尊重されるに過ぎないことになつた。そしてこれらの措置も單に事実として存続するに止まり、地方公共団体を拘束する性質を持つた契約とし存続するものとは考えられないから、これらの措置を変更又は廃止しようとする場合においては、被申請人において、従前の労働協約に定めた手続(申請人組合との協議)を経るの要なく、一方的にこれを爲し得ることになつた。(ロ)仮にそうでないとしても、右労働協約は、存続期間の満了によつてすでに消滅したものである。即ち同協約第十二條には「本協約の有効期間は締結の日より一ヵ年とする。前項期間満了一ヵ月前迄に市及び組合双方又は何れか一方から、本協約の変更又は終結の意思表示のないときは、自動的に一年間延長されるものとする」と定められ、右所定期間内に双方から何等の意思もなかつたので、右協約は一年を限り延長され昭和二十三年十月二十四日を以て終了したもので申請人主張の如く契約当事者の意思表示のない限り、無制限に延長される筋合のものではない。そうすれば既に消滅した労働協約に対する違反行爲は考え得られないから、右協約違反を理由とする被保全請求権は存立の余地がない。又本市における従前の勤務時間は、右協約成立前において市長がその正当な権限に基いて一方的に定めたもので、申請人主張の如き、申請人組合員と被申請人との合意即ち労働契約によつて定まつたものではなく、ただその変更が後に成立した協約において協議事項となつていたに過ぎないから、協約が失効した以上、別に労働契約の違反を惹起すべきものではない。仮に従前勤務時間に関する事項が労働契約として有効に存続するものであるとしても、労働契約の特質として労働者は、別に労働協約により又は就業規則の作成変更についての労働組合の発言権等によつて団体的(間接的)に保護されている外は、直接勤務時間その他の労働條件の変更に対して発言権を持つことなく、一般的に定められた労働條件を甘受しなければならない。仮にそうでないとしても、前記の団体的な保護が失われた上は本市における労働契約は、期間の定めがないからもし勤務時間の変更について合意が成立しなければ契約が成立しないことになつて、契約の違反を生ずる余地はない。故に労働契約の違反を理由とする被保全請求権も発生し得ない。

仮に申請人に被保全請求権があるとしても、下記の理由により保全の必要性が存しないから、仮処分申請は却下されねばならない。即ち、被申請人は申請人組合員に対して不当にその自由を拘束する等の手段によつて強制労働をさせたものではなく自己の正当な権限の作用として勤務時間の決定をしたに外ならないから、市職員たる申請人組合はいずれもこれに従うべき義務を有するもので、たとえその一部がこれを快しとせずに勤務しているとしても、それだけでは労働を強制したものにならないのみならず今般の一週四十八時間制の実施は、前記連合國最高司令官の書簡の趣旨に即応するため、あらゆる国家機関あらゆる地方団体に亘つて行われているところであつて、独り大阪市のみが実施しているものではなく、大阪市においても他の市関係の労働組合即ち大阪市従業員組合及び大阪交通労働組合は被申請人の申出に応じて快く勤務時間の変更を納得し、その組合員は率先して勤務に従事している実状であり、申請人組合員のみにかかる犠牲が課せられているのではない。右は國家繁栄に達するまでの道程において、我が国経済の急速な安定への輝かしい国家目的の実現のために、全国の公務員が忍ばねばならないところの已むを得ない犠牲であるというべきであり、又右の程度の勤務時間は労働基準法第三十二條においてすでに承認せられているところであつて、むしろ今次の措置は公務員の勤務時間を民間従業員のそれと均衡せしめる考慮に出でたものである。右は固より憲法第二十五條に違反せず、申請人の主張するが如き権利の侵害を生ずべきものではない。却つて申請人の本申請は公務員としてその公共性、社会性を忘却した暴挙であつて、その求める仮処分の内容は、連合國最高司令官の書簡の趣旨に違反し、国家目的である経済の急速安定を阻害すること必至であつて、保安の必要性を全く欠除し、到底許容せらるべきものではない。よつて本申請の却下を求めると述べ疏明として、乙第一乃至九号証、第十号証の一乃至五、第十一乃至十九号証を提出した。

申請人の主張によれば、本申請理由の要旨は、被申請人が申請人組合員に対し、市長依命通牒の形式を以て、被申請人と申請人との間に存する労働協約の條項に違反して、被申請人と申請人組合員との間に存する労働契約により定められた勤務時間(別表通り)を超える時間に亘る勤労債務の履行を求めた行爲に対し、申請人がその所属全組合員について、右別表以上の勤労債務の存在しないことの確認、被申請人に対し、別表以上の勤労債務を要求することの停止等の請求を求める訴訟を提起するにあたり、本案判決までの損害を避けるため、仮に右超過部分の勤務の要求の停止を求める仮処分を請求するに在る。よつて先ず被申請人の訴訟上の抗弁について判断するに、行政事件訴訟特例法第十條第七項は「行政庁の処分については仮処分に関する民事訴訟法の規定はこれを適用しない」と規定しているが故に、本件が果して同法の所謂行政庁の処分の効力を争う本案訴訟(いわゆる行政事件)について仮処分を求めるものであるか否かを考察しなければならない。ところで昭和二十二年四月十七日法律第六十七号地方自治法第百七十二條によれば、普通地方公共団体の補助執行機関として当該団体の長が任免する一定数の吏員を置くことが定められ「右吏員に関する職階制、試験、任免、給興、能率、分限、懲戒、保証、服務その他身分取扱に関してはこの法律及びこれに基く政令(同年五月三日政令第十九号地方自治法施行規程の内市町村については第三十八條の規定――市町村及び特別区の長の補助機関たる職員の服務に関しては、なお従前の市町村職員服務規律の例によるものとする――を指称する)に定めるものを除く外別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律の定めるところによる」と規定せられ、同法が予想する地方公務員法(仮称)はいまだ制定せられないが、右の吏員は統治団体たる地方自治体の組織権限等を定めた地方自治法にもとずきその構成機関として任命されるものであつて当該公共団体に対して、一定の範囲内における包括的な服従関係に立つものである。この場合においては、その服務の義務は公法上の義務であり、之に関して公共団体の爲す命令は公法上の行爲であると考えられる。

又従來統治団体が民法上の雇傭契約によつて單純な労務提供者として私人を使用して來たことも通常の事例として顕著な事柄であつて地方自治法には吏員の任命の根拠となる規定(第百七十二條)はあつてもそれ以外の者の任命の規定はないから申請人主張の申請人組合員を構成する吏員が前者に該当しそれ以外の雇員、傭員、(使丁をふくむ)が後者に該当するものとみとめられる。被申請人は後者についても現代それが被申請人に対し公法上の関係にある旨主張するのであるが、昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合國最高司令官の書簡が、勤労を公務に捧げる者と、私的企業に従う者との間には顕著な区別があることを指摘し、右書簡に基いて改正された国家公務員法が従來特別職としてその適用を除外していた現業庁公団その他これらに準ずるものの職員(改正前の同法第二條第十二号)及び單純な労務に雇傭される者(同上第十四号)をも一般職に編入し、すべて職員は国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならないこと(同法第九十六條第一項)職員はその職務を遂行するについて法令に従い、且つ上司の職務上の命令に忠実に従わねばならないこと(同法第九十八條第一項)を定めた外、これら雇傭職員についても一律に職階制を実施し、採用の方法を一定して試験、選考により任命すべき旨を定めたため、右改正法の施行によつて、国家公務員については、すべて服務関係の性質を同じくし、従前の如き私法上の契約により限定された勤労債務を負う者の存在の余地を認めないかの様に解せられるのであるが、地方公共団体の使用人即ち地方公務員については、かかる國内法の存しない現状において、ただちに国家公務員のそれと同一の解釈を採るわけにはゆかない。被申請人の挙げる昭和二十三年政令第二百一号は雇傭によるものをも公務員と呼んでいるがこれのみによつて、これらがただちに吏員と同一の法律関係が立つものと断じられない。同政令は団体交渉権の制限について地方公務員を国家公務員と同列に扱つたに過ぎないから、右主張の証拠と爲すに足りない。

そして地方自治法第百五十四條によれば、市長は市の補助機関たる職員即ち吏員に対し指揮監督権を有することは明らかであつて、右の指揮権は労働法その他法令に基く制限の下に職員の勤務時間の決定の如きものも含むものと解されるから被申請人は申請人組合員中の吏員に対しては、被申請人の執行機関たる市長の右指揮権に基いて職務命令なる依命通牒の形式において、本件勤務時間の決定通告を行つたものと見られこのことは当裁判所において成立を認める乙第三、四、六、八、九号証を綜合すれば、これをみとめることができる。しかし被申請人主張の如く申請人組合員中のその余の者に対しても、職務命令としてこれを行つたということは、前掲乙号各証に、吏員に対すると同一形式で同時にこれを爲した点以外に何等これを推測し得べき疏明なく、却つて成立を認むべき乙第十二号証によれば、従前よりその勤務時間及び休暇規程が、吏員のそれと一括して一個の達を以て定められていた事実が明らかであり、そうすれば本件依命通牒において、吏員と同一形式に依つたことも、直ちにそれを行政行爲として行つたことの確証と爲すに足りないから、吏員を除く組合員に対しては、むしろ従前の勤務時間の変更たる私法上の意思表示としてこれを爲したものに外ならないと解するのが妥当である。被申請人の挙げる地方自治法第百四十八條の規定は地方公共団体の長が包括的執行権者なることを定めたものであつて、右争点を解決するものではなく、又行政組織としても、機関たる職員に属しない従來の私法的雇傭者については直接規定していないのみでなく、さらに被申請人主張の如く現在の段階において地方公務員を国家公務員法の規定より見て国家公務員と同様に論定することのできないことは、さきにも述べた通りである。そして前記申請人組合員中の吏員に対する本件勤務時間決定の依命通牒は、不特定多数の者に対する一般的な処分として前掲行政事件訴訟特別法に所謂処分に該当するものと解すべきであるから、右依命通牒に基く勤労義務の不存在を前提とし労働協約等の関係においてその効力を示爲する申請人の本案訴訟の請求は結局同法の所謂行政庁の処分が無効又は取消さるべきことを主張し、その効力を争うことに帰するのみならず、その求める仮処分の内容も、直接当該行政処分の執行力の停止、制限に在るが故に、行政事件訴訟特例法第十條により行政庁たる市長を相手方として申請すべきであり、民事訴訟法上の仮処分としては勿論本件を行政事件訴訟特例法第十條第二項の執行停止の申立と解しても、本案訴訟が、いまだ提起せられていないことは当裁判所に顕著であるから、いまだこれを求めうる段階にないものといわねばならない。よつて、本件申請の内被申請人に対し、申請人組合員中の吏員に対する勤務要求停止を求める部分は、不適法として却下を免れない。

しかしながらその余の雇傭員等にたいする部分については、被申請人の訴訟上の抗弁は理由がないからこれを排斥し、その請求について判断を進めるに被申請人が、昭和二十四年一月十四日被申請人の労務局長名を以て、市長の依命通牒の形式によつて一週四十八時間制の実施を内容とする申請人主張の如き勤務時間の決定を通知し、同日告示を以て執務時間の決定を公示したこと及び昭和二十一年十月二十五日申請人、被申請人間に労働協約が結ばれたことは、当事者間に争がない。そして右勤務時間の決定が従前の勤務時間を変更し、原則としてこれを延長増加するものであることは、眞正の成立を認むべき甲第一号証、第三号証の一、二及び乙第十一、十二号証に徴して明白であり、前記労働協約中に申請人主張の如き契約條項(第七條第四号)が存することは、成立を認むべき甲第二号証(乙第一号証はこれと同一)によつて認められる。そこで、右労働協約は昭和二十三年政令第二百一号の施行によつて失効したとの被申請人の抗弁について考えるに申請人は前記政令はそれが委任の根拠を欠き無効であると抗争するが、右政令の基本となる昭和二十年勅令第五百四十二号は、旧憲法第八條に基いて発せられた所謂緊急勅令であつて、昭和二十年十二月八日貴族院にて、又同月十八日衆議院にてそれぞれ承認されたので、旧憲法上法律と同一の効力を有することとなり、右の法律は、その内容が新憲法の條規に反しない限り新憲法施行後もなお法律としての効力を有することは新憲法第九十八條の規定によつて窺われるところであるから、右政令は何等委任の根拠を欠くものではない。しかして右の政令第一條第一項の規定は、同令に所謂公務員(国又は地方公共団体の職員)の国又は地方公共団体に対する団体交渉権を否認する趣旨を明らかにしているから申請人組合は前記政令の施行された昭和二十三年七月三十一日以後いわゆる団体交渉権を失い、労働協約を締結すべき権利能力ならびに行爲能力を失つたものといわねばならない。したがつて右の能力の存在を前提とする労働協約上の権利義務をも喪失したものと解せざるを得ない。故に右協約上の効力の確認又は履行をもとめる申請人の請求は失当であり、又申請人は右協約が右政令第一條第二項に所謂従前の措置に当るものとして、その一部のみが失効するに過ぎないというけれども労働協約が効力を失うこと右説明の通りであるから、この申請人の主張も理由がない。

申請人はさらに本件依命通牒が、申請人組合員と被申請人との間の労働契約にも違反する旨を主張するが、かかる個々の組合員を当事者とする労働契約関係に基く請求については、申請人組合は、権利義務もしくは法律関係の実体法上の当事者でなく又当然に労働契約上の権利義務にたいする処分権を有するものでもないから訴訟法上もその正当なる当事者でないものというべきであつて、かかる個々の労働契約にもとずく保全請求はこの点において理由がない。

されば本件仮処分申請は、申請人組合員中の吏員以外の者に対する部分についても失当であるから却下を免れない、よつて申請費用について民事訴訟法第八十九條、第九十五條を適用して主文の通り決定する。

(別表省略)

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